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地域社会のお母さん

記事:宮地昌幸

6月17日、鈴鹿カルチャーステーションで、鈴鹿西部地域包括支援センター長の鈴木節子さんが、6月公開講座「人生の完成期(後期高齢)を最も自分らしく生きるために」~介護支援専門員から見た「長期にわたる親の介護」というテーマで話をしてくれました。

ここのところ、鈴鹿地域で医療・介護・福祉にたずさわっている方々を2ヶ月に一回、お呼びして、実際のやられていること、そこから感じること、お気持ちなど聞かせてもらってきています。

人と人のいのちの交流がある

鈴木節子さんのお話は、のっけから、“肝っ玉かあさん”の語り口で、話の内容もそうですが、鈴木さんの人柄がビンビン伝わってきました。 センター長なんていうと、ちょっと引いてしまう気持ちもありますが、どうして、どうして、介護・福祉にかける情熱が鈴木さんを動かしているようでした。 前に鈴木節子さんの「部下」といったらいいのか、同志ともいえるのか、青年職員玉井さんにも二回ほど、地域包括支援センターでの活動や気持ちを聞かせてもらいました。 高齢になって身寄りにない認知症のおばあさんに寄り添う体験や孤独な暮らしながらヤケクソになっているおじいちゃんを最期まで看取ったりしています。 自身、涙無しには語れないという活動を聞かせてもらいました。 それは、たんに「仕事だから」という枠を越えているようでした。 「地域包括支援センター」という馴染みにくいイメージでしたが、そこに人と人のいのちの交流の実際があるんだなあ、と身に迫ってきたのでした。 鈴木節子さんのお話は、なぜ自分が「介護・福祉」の世界に踏み込んできたか、ご自分の体験からはじまりました。

35年間の経験を社会に活かしたい 10代から、すでにその志はあったといいます。 20歳過ぎて、介護・福祉資格を取るための勉強をしているとき、会社員で勤務をしていた父が病気で倒れたため、家事、仕事をしながら、父の介護をし、20代半ばで専業農家に嫁ぎ、義理の祖母と専業農業と3人の子育てを両立しながら、介護の資格をとったということです。 後、この35年間の介護の経験と知識を、活かして社会に貢献して行きたいと思っているとのこと。 そんな鈴木さんから、いまの活動について聞かせてもらうと、鈴鹿地域の介護や福祉の仕組みが、どうのようにつながって、どんな人がどんなふうに活動したり、そこで暮す人のなかに生かされているか、やっと身近に感じられるようになりました。 さまざまな機関の寄り合いに参加されてていて、地域の人たちの介護、介護予防、福祉、看取りまで、見てくれているように感じました。 「この地域社会のお母さん」 そんなに見ても、無理ないかなと思いました。 ぼくのほうは、そんなに見てくれている人がいるなんて、迂闊にも関心がなかったともいえます。 鈴木さんのお話は地域社会で手をつけてきたいこと、高齢になっていく人がおさえておきたいポイント、そういう高齢者と暮らしながら、元気な人はどこを見ていけばいいのか、ご自分の体験や最新の知見を紹介しながら、熱く語ってくれました。

「フレイル」状態 「フレイル」というコトバ、はじめて耳にしました。 どういうこと? 「カラダがストレスにたいして、弱くなっていること」 ここは、鈴木さん、ご自身のお母さんの実例を紹介してくれました。 「母は9年前、転んで左手を骨折しました。なぜ、そうなったか調べると、パーキンソン病だとわかりました。そこから認知症があらわれ、脳梗塞まで起こりました」 どうも、フレイル状態になると例えば、その人の生活では不如意なことが多くなり、風邪にかかっただけで肺炎にまでなる、そんなことらしい。 鈴木さんは、高齢になりフレイル状態にならないための予防やたとえなりかけても、早めにそれが分かったら、その状態か回復することができるといっていました。 フレイルについての診断基準があるようです。 鈴木さんは、鈴鹿地域でもその診断ができるようにしたいと考えているようでした。 なかでも、「口腔機能の低下」がフレイル状態を加速するとも言っていて、この検査もやれるようになっていきたいと願っていました。 看取りということでも触れていただきました。 最近は「エンド・オブ・ライフ」という考え方を在宅医療・看取りにかかわる小澤竹俊さんが提唱しています。

自分が亡くなると分かったとき… 当人も周囲の家族、縁者、地域の人たちも。こころ満ちたりて、最期を迎えられる、そういうありようが、明らかになってきているようです。 「尊厳死協会」とのつながりもあるようです。 鈴木さんが、小澤さんの「エンド・オブ・ライフ」からぼくらに問いかけてくれました。 「自分が亡くなると分かったとき、どんなコトバを近親の人や周囲の人にかけますか?」 「そんな、急に問われても・・・」とたじろぎました。

「人が自分らしく最期をむかえるのには」 おそらく、この問い(「旅立つ」に当たっての気持ち)を自分のコトバで口にして、書いてもいいのでしょうが、本人の気持ちが周囲の一人ひとりに伝わり、周囲の一人ひとりもそれをしっかり受けとめる、そういう実際のなかにあるのかな、と思いました。 「地域包括ケアシステム」というのは、2004年ごろからスタートして、全国各地の市町村が主体になってはじまりました。 「それって、どういうこと?」 広報のパンフレットに目的とか背景とか書いてありますが、読んでいてもどうもピンときませんでした。 地域の各種機関のつながりの図というものもありますか、「そうかそんなふうになっているのか」とは分かりますが、どこか他人事でした。

「もっと、この仕組みに関わって、活動したり、あるときは壁にぶつかって、迷っている人に出会った、話を聞きたい」とやってきて、まだまだですが、「地域包括ケアシステム」というのが、政府のいろいろな事情や理由付けはふまえながらも、これからの社会への道筋があるように感じています。 そこに介護を求めている人がいます、カラダの面でも心の面でも弱い人がいます、威張っている人やときに乱暴する人がいます、どの人もその人の暮らしは、いやおうなく地域の人たちに広がっていきます。 そんなとき、どんなふうにとらえるかなあ? 住民自身がどんな自分になったら、そのような人たちと仲良く、こころ豊かに暮していけるかなと、願わないかな。相手を変えようとしなくても、自ずからそうなっていく社会の雰囲気があるのかなと思います。 社会の仕組みとしては、いろいろ考えられて、専門、専門でやることがはっきりしているのでしょうが、そういう人を目の前にしてのスタートは隣人としてのそれぞれの人のかかわり方があるのかな、と思えてなりません。

鈴木さんのお話会では、自身(ぼくなんですが)、フレイル状態に足を踏み込んでいる身で、もっと具体的に知りたいこともありますが、自分が暮す地域にそこを見てくれている人がいるとと思うと、ほっこりします。 お話会さいごのほうで、「『理想の暮らしを語る会』みたいな寄り合いがあるのは、お互いが身近になるのに、いいですね。もっともっと、やっていってほしいです」みたいな感想をもらしてくれました。 こころ強かったです。これからも、公開講座が楽しみです。


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